北海道大学大学院医学研究院 呼吸器内科学教室 北海道大学病院 呼吸器内科 Department of Respiratory Medicine, Faculty of Medicine, Hokkaido University

2012 特集記事

2012 特集記事特集 No.3 現地レポート

留学だより 74期 大平 洋

74期 大平 洋

留学の記

医師になって今年で15年目になる私ですが、様々な方々からサポートをいただき、現在、カナダのオンタリオ州のオタワにある、University of Ottawa Heart Institute (UOHI)にて、Rob Beanlands先生のもとでfellowとして働かせていただいています。留学にあたり当科の西村教授、辻野講師、呼吸器内科の先輩・同期・後輩(特に循環代謝グループ)のみならず、外の病院の諸先生。また、本学核医学講座の玉木教授、吉永特任教授に大きなサポートをいただきました。こちらに来てまだ2か月なのですが、今、日本を出て感じていることを書き記そうと思います。

1.医療制度について

海外の医療機関を受診した経験をお持ちの方はなかなかいないと思いますし、外国の医療の仕組みを勉強した方もそうはいないと思います。カナダへの留学が決まってから、インターネットで少し調査をして、カナダは日本と同じように国民皆保険らしいという知識はありました。なんとなく日本の医療制度と似ているのではないかと思っていましたが、実際には日本との相違点がいくつもありました。カナダにはいくつもの州があり、州ごとに制度が違います。私が書こうとしているのは、オンタリオ州についてなのでご了承ください。
オンタリオ州では、3か月以上連続して在住している居住者にはOHIPという保険が適応されます。OHIPを持っていると歯科治療以外の基本的な受診にかかる費用は一切かかりません。専門医(specialist)の治療費の一部、薬・ 検眼・視力検査(20~64歳)、カイロプラクティック、差額ベッド(4人部屋は全額カバー)、リハビリテーション費用は適応にならないようです。日本との大きな違いは、居住者はあらかじめ自分を見てもらうfamily doctorを決めなければない点です。明らかに緊急を要する症状がある場合はその限りではありませんが、最初の医療機関への窓口はfamily doctorになります。総合病院にかかりたいと思った場合でも、直接自分で受診することは許されません。Family doctorはどこも多くの患者を抱えているため、見つけるのは実は大変です。我が家の子供達が地元の小学校に入る際にワクチンをいくつか打つ必要があり、数件のfamily doctorに電話をしたり、直接行ったりしたのですが、「うちはいっぱいだから」と断られました。

最終的にうちの場合は勤務しているオタワ大学に職員・家族向けのクリニックがあることがわかり、そこで対応してもらいました。こんなことを経験して、移民などで言葉が不自由な場合は見つけるのが大変だろうと思いました。専門的な病院にはfamily doctorに紹介状を書いてもらわなければ受診できないため、私が勤務しているUOHIには紹介状を持った患者さんだけが訪れています。各専門病院は予約枠が日本ほど設けられていないため、予約を取るには数か月待ち、PET、CT、MRIなども数か月待ちということはあたりまえのようです。もちろん症状によって優先順位はつけられていますが、これは患者さんの立場になって考えると不安なこと、不都合なこと、診断が遅れてしまうことがあるのではないかと思われます。

一方で医療者としてUOHIで働いていて感じることを挙げてみます。まず、UOHIでは医師以外の職員の多さに驚きました。日本でいうところのコメディカルが充実しています(こちらで「co-medical」と言ったところ全く通じませんでした。「healthcare professional」と言い直されました)。正確な数はわかりませんが2倍くらいは居そうな感じです。バイタルサインが不安定で医師が患者の搬送に付き添う場合はもちろんありますが、日本のように人手がいないという理由で、医師が患者さんを検査に連れて回ることはありません。

また、検査の説明と同意書取得は専属のhealthcare professional がやっています。かなり踏み込んだ知識がなければ、説明できないようなことも説明していました。我々が外来で時間に追われながらやっているような作業は、こちらの医師はやっていません。その分、医師は診療により専念できています。日本の医療機関も、もう少し役割を分担できる仕組みができると良いのになと思いました。

2.研究環境

臨床研究をすすめるにあたって、患者さんに協力をお願いすることが日本でも良くあります。UOHIでは待合室や廊下に「私たちはあなたの協力を待っています」という感じのタイトルがバーンと書かれたポスターが貼られており、臨床研究への協力を訴えています。ポスターには研究アシスタント(多くは看護師のようです)の連絡先が書かれており、患者さんが研究に興味がある場合は専属のアシスタントが連絡を受けて対応をしています。また担当医師が患者さんに参加をすすめて前向きな返事をもらった場合は、そのままアシスタントにスルーパスという夢のような流れにもなっています。

また、その先が素晴らしいのですが、臨床研究に参加してくれた患者さんが当日来て検査を受けた場合、集めるべき情報は看護師、技師もしっかり押さえています。検査をすすめながら「○○の臨床研究」という専用の紙にどんどん記入していきます。検査が終了して埋まった紙に書かれたデータは専属のアシスタントによって回収され、データベースがどんどん更新されていきます。医師はアシスタントに○○研究に参加した患者さんのこういうデータベースを下さいと連絡をいれるだけで、データベースを入手することができます(もちろん、匿名化され個人情報は保護されています)。日本のように、医師がデータを根性で入れていく作業はほとんどないと思われます。日本もそうなって欲しいと思ってしまいました。
私は基礎実験を今のところしていないので分かりませんが、動物実験でも驚きがありました。先日ブタを使った、ある新しい核種の研究に参加しました。「ブタの鎮静をするから、お前は足を押さえる係だ!」とか言われるのかと思ってどきどきしていたのですが、検査前の準備はすべて専属の技師さんが整えてくれる体制でした。ブタの静脈ラインを確保し、鎮静して、挿管し、レスピレータ管理にして、モニターをつけて検査室まで連れてきてくれました。医師は必要な指示を出すのみで、バイタルの記録、採血ももちろんのこと、あと片付けもすべて動物実験の技師さんがやってくれました。日本でもこのような体制で診療・研究ができたら、研究は急速に進むでしょうね。

3.同僚について

私がいったいどんな人たちと働いているのだ、と思っておられる方も多いと思います。参考までに、先日、フェローのひとりが退職にあたり、お別れ昼食会を病院の屋上で緊急開催したときの写真を掲載します。オンタリオ州は医師不足に悩まされており、レジデント、フェローを各国から募集しています。自分の同僚も、カナダ人、アメリカ人、スコットランド人、アイルランド人、イラン人、インド人、アラブ人などと国際色豊かです。

驚いたのはインド人、アラブ人も医学部の教育は自国ですべて英語で受けていて、日常診療の記録や医師同士のやりとりは英語でこなしているという点でした。患者さんとのやり取りは英語ではないので、やりにくい面もあると彼らは言っていますが、英語力は相当です。日本で少し英語を勉強してきたというレベルとは、格段に差があります。読む方は私もそれなりにできると思うのですが、speaking、writingは改善の余地が大いにありますし、listeningは雑談なんかでは、笑いのツボがわからず悔しいことも良くあります。

留学を将来少しでも考えているなら、より総合的な英語力を身に着けておかなければ苦労することがこちらに来てわかりました(遅いだろうと言わないでください)。日本ではTOEICが有名ですが、こちらではTOEFL iBTが主流でした。受けてみるとショッキングなくらい難しくて驚きました(僕のレベルが低いのかもしれませんが)。全神経を集中させていないと話についていけないので、毎日が緊張の連続です。

4.生活環境

仕事関係の話を一旦離れます。オンタリオ州はカナダの人口の約40%が集中しているため、旅行雑誌に出てくるような果てしない大地のような風景に日常的に出会うことはありませんが、オタワはとても自然の豊かな場所です。オタワはカナダの首都なのですが人口は約90万人と札幌の約半分です。市街地には多くの樹木があふれています。北大も負けないくらい環境が良いとは思いますが、UOHIのすぐそばのアパートで野生のウサギ、リス、グランドホッグを日常的に見られたり、帰り道に病院の前の農場で毎日、鳥の大群を見たりしていると、カナダに来たのだなということを実感させられます。
また、カナダの人々は親切な人が多く、困っているといろいろと助けてくれることが多いです。車の運転は平均スピードが速くて荒っぽいのではと最初思っていましたが、わき道から本通りに入る場合など、日本ではなかなか入れてもらえませんが、こちらではほぼ100%譲ってくれことに感動しました。また、歩行者や自転車にやさしい運転を心掛けているドライバーが、ほとんどです。私も妻もさっそく見習っており、日本に帰ってからも気を付けなければと思っています。

最近、子供の小学校を選ぶに当たり引っ越しをしたのですが、すぐに近所の人たちが訪ねて来てくれ、困っていることはないかと声をかけてくれたことにも驚きました。怪しいアジア人が来たと警戒している様子はありません。家具の組み立てを手伝ってくれたり、いろいろと有用な情報を教えに来てくれてとても助かっています。日本でも都会ではなかなかこういう近所づきあいは減ってきている傾向にあるので、自分の子供のころの古き良き昭和を思いだしました。

5.最後に

これを読んでくれている学生さん、若い先生も(それ以外の先生も!)、今は留学なんて自分とは全く関係ないと思っているかもしれません。これを書いている自分もそうでした。

ただ、呼吸器内科に所属していると周りに留学経験者がたくさんいます。また、海外の学会に演題を出したり(自分は出したくなくても、出す方向にうまく誘導されます!)、海外の著名な先生を招いた講演会が医局会の中で催されることがありました。その際にもう少し英語ができたらとか、海外で生活する数年があっても良いなとか、いろいろと学問以外の興味もあいまって今日の私がいます。留学に行くという選択をしたり、実際に行き先を打診する際にさまざまなプロセスがあるわけですが、多くのサポートがあって達成できるものだと実感しています。最近は医局に属さないという選択もあると思いますし、大学よりも外の病院の方が実践的な研修ができて良いという考え方もあると思います。ただ、医局に属して先輩、同期、後輩と関わりながら成長していくという過程もなかなか良いものだし、より広いチャンスをもらえる環境だということを知っておいてください。個人の希望がいつでもかなえられるわけではなく、確かに良いことばかりではないとも言っておかなければなりませんが、呼吸器内科のホームページを見てもらえば、皆、楽しそうな仕事をしている雰囲気が伝わってきているのではないかと思います。私は自分が選んだ選択肢に後悔はありません。また、もどって医局の皆さんと働けること、新しい後輩が増えていることを期待して終わりにしたいと思います。