呼吸器疾患病態の理解に向けては、一つの疾患における高度な専門性を要求される一方で、近年、疾患それぞれの定義を改めて見直す必要性や、疾患の枠を超えた共通病態の理解の重要性が認識されるようになってきたと感じています。非腫瘍系呼吸器グループの担当する疾患は、非常に幅広い領域の知識が必要です。現在は、臨床カンファレンスに加え、臨床系の英語論文や、年々と更新されていく多くの診療ガイドラインの抄読会を通じて、メンバー全員で知識を共有できるように努力しています。この考え方は研究面でも同様で、一つの疾患の枠を超えた共通病態の理解をテーマとして取り組んでいます。
臨床研究
1閉塞性肺疾患を対象とした前向き観察研究
- 1) 北海道COPDコホート研究(2003年に登録開始、2015年で10年間の観察を終了)
- 2) 北海道難治性喘息コホート研究 (Hi-CARAT) (2010年に登録開始、2018年で6年間の観察を終了)
- 3) 気管支喘息とCOPDの合併病態に焦点を当てた慢性気道疾患患者の包括的前向きコホート研究 (PIRICA study)(2018年4月に登録開始)
上記のコホート研究は、当科の西村正治名誉教授(北海道呼吸器疾患研究所理事長)のご指導の下、牧田病院理事長・北海道呼吸器疾患研究所の牧田比呂仁先生が事務的統括をおこない展開されているもので、特にCOPD研究においては、これまで多くの業績を英語論文として発表し、その情報を世界に発信してきました。10年間の観察を終えた現在も尚、様々な視点からの解析、論文化を予定しています。気管支喘息研究に関しては、道内の19の関連施設の協力もあり、206人の気管支喘息を登録し、6年間の観察を終えました。こちらも複数の英語論文を既に発表しており、今後も解析、論文化が続く予定です。両コホート研究の共通の基盤とし、3D-CTを用いた気道解析、肺気腫、肺血流の画像解析も進行しており、研究の一つの大きな柱となっています。画像解析については、京都大学のグループと共同研究も行っています。また近年、COPD、気管支喘息の共通病態に対する関心が高まり、喘息-COPDオーバーラップ (ACO) という疾患概念が注目されています。これまでCOPD、気管支喘息の両疾患を同時に扱ってきた当科にとっては、まさに最先端の情報を発信すべく領域であり、第3のコホート研究として、PIRICA studyを立ち上げ、2018年4月より患者登録を開始しました。2つの病気の疾患概念を超えた新たな知見を提供できるよう、観察研究を継続していきます。
2肺高血圧症の右心形態・機能解析
肺高血圧症の疾患の本態は肺血管の壁肥厚・内腔狭窄と捉えられますが、患者さんの症状や予後を規定するのは主に右心機能障害です。当科では心エコー、心臓MRIさらにPETを用いた右心形態・機能評価系を構築し、一般臨床への応用や海外誌への発表を行ってきています。今後、研究をさらに進め肺高血圧症のより正確な病態評価や更なる治療成績・予後の改善を目指していきます。
なお、2020年4月に「呼吸・循環イノベーティブリサーチ分野」が新たに開設されました。ホームページも作成し、疾患のこと、研究関連情報、患者さまの声などをご紹介しておりますので、是非ご覧ください。
3その他
- サルコイドーシスに関する疫学研究(AMED分担研究)
- アレルギー性気管支肺真菌症に関する疫学研究(AMED分担研究)
- アレルギー疾患に関する疫学調査(本学保健管理センター、本学環境健康科学研究教育センターとの共同研究)
- 自己免疫性肺胞蛋白症に対するGM-CSF吸入療法後の臨床経過
- 気管支拡張症の臨床経過(韓国を中心とするアジア各国との共同研究)
基礎研究
- マクロファージ由来アポトーシス阻止因子(AIM)の難治性肺疾患の病態における役割
東京大学疾患生命工学センター宮崎徹教授との共同研究にて、Apoptosis inhibitor of macrophage (AIM)という蛋白質が呼吸器疾患に与える影響について、主に遺伝子欠損マウスを用いた検討が進められています。LPS誘導肺障害モデルにおけるAIMの役割について炎症の収束に関わる結果が明らかとなり論文発表しました。また気管支喘息モデルにおける興味深い結果も見出されています。ヒト検体中のAIM濃度の測定も含め、この分子の種々の呼吸器疾患に及ぼす役割を解明しています。
- 喘息-COPDオーバーラップ病態におけるIL-33の役割
臨床研究の項にもあるように、喘息とCOPDのオーバーラップ病態が注目されています。一方でIL-33は気道上皮細胞に発現して外的刺激に応じて分泌されるサイトカインで、喘息とCOPD各々の病態形成に関わっていることが報告されていますが、その下流シグナルが異なることが報告されています。そこで、アレルギー気道炎症と肺気腫形成を様々な条件で組み合わせたマウスモデルを作製し、その特徴や多様性について、IL-33欠損マウスも用いて検討していきます。
- マウス肺炎モデルを用いた呼吸器感染症の検討
これまでに、肺炎球菌肺炎モデル、MRSA肺炎モデルを作成し、嫌気性菌との相乗効果等の影響を検討し、論文発表してきました。今後はこれらの肺炎が間質性肺炎、COPDなどの難治性呼吸器疾患に及ぼす影響を、当教室のマウスモデルを用いて検討する研究へと応用していく予定です。
- バーチャルスライドを用いた肺高血圧症の血管病理解析
肺高血圧症における病理学的変化は肺動脈のリモデリングが主とされますが、近年、静脈や毛細血管病変が肺高血圧症の病態や治療反応性・予後に大きく影響する可能性が指摘されています。我々は剖検症例を中心に、バーチャルスライドによる肺血管病変の定量評価を進めており、様々な臨床上の問題の解決やより適切な治療方法の確立に繋げたいと考えています。